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mihimarketing

「音楽マーケティングはコミュニティ・マーケティング」

いまでも僕のパソコンのなかには"mihimarketing"というファイルがある。いまこのファイルを覗くと結構面白いし、やっぱり感慨深いものがある。

実は僕がはじめてプロジェクトにがっつり入れてもらい、音楽業界のABCを教えてもらったのが、mihimaru GTだった。

2005年に音楽業界へ転職して、とりあえずプロダクションに所属しているアーティストの音楽を全部聴いた。そのなかで「これは!!!」という音楽が1つだけあった。それがmihimaru GTのmihimarhythmというアルバムだ。

とにかく、転職まもないのに自分の席でヘビーロテーションして、周りにいるデスクの人が「はらじりくん、mihimaru GT好きなの?だったら、一番新しいユルメのPV観た?あれ、実は社員の中で好きな人多いのよ」と教えてもらい、DVDを観た。

わわわわ、これはPOPでいい。

そこで早速mihimaru GTのマネージャーとプロデューサーにプロジェクトに入れてもらおうと頼みに行った。席に誰もいない(笑)。2日後、マネージャーのTさん発見。話をすると「えっ、ありがとうございます。ぜひぜひ」と笑顔で云われたまま何処かに消え、じゃあとプロデューサーのIさんを探すとデスクにつっぷしたまま寝てる。。。プロデューサーのIさんが起きたのを見計らってご挨拶に行くと、「広告代理店でやっているようなことじゃ、音楽はできないと思うよ」と素っ気ない回答。しかも、ビジュアル怖い(笑)。とはいえ、その後もいろいろ会話をさせていただき、ようやく会議にも参加させてもらえるようになる。本当、前職の広告代理店のような、ある種自然にプロジェクトに人選が配置される気配はなく、人と人との信頼関係をこじ開けて、自分のポジションをつくっていかなければならない環境が芸能・音楽業界なんだということを身をもって理解したのだった。

「ユルメのレイデ」の後、mihimaru GTがつくっていたのは、ぼくらのなかでは「LOVE3部作」と云われているもので、楽曲で云うと「(1)Love is...」「(2)YES」「(3)恋する気持ち」だった。これはトラックメーカーみっくんが友達の結婚式に出席して触発されてつくった楽曲。そのデモ曲を聴いて、ぜひレコーディングの現場を観たいと思ったけれど、プロデューサーのIさんには「アーティストとがちんこの現場で見せたくない」との一言。いまになるとよくわかる。集中力が必要な時、興味本位で知らない人に見学されたら、誰だって嫌なものだ。でも、最終的には仲間に入れてもらえて、始めてスタジオに入り、一日中レコーディングの現場で楽曲が生まれる瞬間に立ち会わせてもらった。これももの凄く貴重な経験だった。

さあ、「LOVE3部作」を売らないといけない。それでいろいろな提案をしたのだけれど、一番実感したのは「音楽プロモーションは基本フリーパブ」だということ。

広告代理店出身では「ペイドパブ(有料出稿)」のプランニングが当たり前。でも、音楽は基本無料で考えなければならない。昔からレコード会社のA&Rは、テレビ局をはじめとする媒体の人たちとつきあいながら、そこにプロモーションをねじ込むことをやってきた。だから郷ひろみさんがゲリラライブを行なってスタッフが警察に捕まってしまったことがあったが、話題づくりのギリギリのところをみんな考えて媒体に取り上げてもらうことをやっていたわけだ。

僕はそれを認識せず、金のかかることばかりを考えてた。それにようやく気付いて「アイデアで媒体と仕掛けて行く」スタンスに切り替えた。何をやったかというと、コンセプトがLOVEだから、LOVEな産業と媒体をみつけてこじ開けて行くことを徹底した。

1つは結婚式の二次会にサプライズでmihimaru GTの2人が楽曲を唄うプロモーションで、1つは生でWEBポータルサイトの中継+ニュース配信を仕込み、もう1つは結婚雑誌とタイアップで二次会主催者と一緒にサプライズ企画を考える参加型のイベント+記事化。さらに無謀にも試みたのがゼクシーとの音楽タイアップ。このとき企画書をしっかり整え、当時編集長だった伊藤綾さんに「わたし、プレゼンでアジェンダから見せられたのはじめてです!」と云われたことを思い出す(笑)その頃、加藤ローサちゃんの超可愛いTVCMでパパパパーンがCUEになっていたから、それを覆すことは出来なかったけれど、とにかく色んな媒体に飛び込み営業をしていた。それから婚約指輪のメーカーと組んで、CDプレゼント企画を、全国のフリーペーパーに掲載できたことも、やっぱり「音楽プロモーションは基本フリーパブ」だから、とにかくアイデアと行動で突破してできたことだと思う。

そんなこんなでセカンドアルバム"mihimalife"が発売される。

実はmihimaru GTが行けるかも・・・という感触を持ったのは「さよならのうた」で、これは2006年のはじめのシングルだった。ノンタイアップでリリースされたにも関わらず、チャートアクションが想像以上によく、オリコン得点もたしか1万点を超えていたと思う。

プロデューサーのIさんと話した時、僕は「結構、火薬たまってきているんじゃないかと思うんです」と云ったと思う。そういう感触がこの頃のmihimaru GTにはあった。あとは着火するだけ。そういう段階って、どの業界にもある。この数字をティッピングポイントとして把握し、チェックして行くのも音楽マーケッターの役割の1つだ。

そこでレコード会社とプロダクション一丸となって、mihimaru GTのテレビ露出を猛烈にはじめた。下積みが長いアーティスト、ギリギリアーティストみたいな音楽番組のコーナーにも入れてもらったりしていた。で、次のシングルがあの「気分上々↑↑」。

楽曲のノリの良さも露出もすべていい形でかけ算になった。スマッシュヒット!!!

これができるとあとは、ある程度安定して音楽番組にでられるようになる。
ここまでくると、アーティストはようやくテイクオフ。変なプロモーションを仕掛けなくても、媒体から自然と声はかかるし、フェスからも声がかかるようになる。

この後の課題というのは、ヒットで獲得したファンを固定化して「コア化」していくこと。これの作業がマーケティング上大事になってくる。

「気分上々↑↑」のヒット後、3rd Album「mihimagic」も好調で(ただし、僕らが考えていた絶好調まではいかず・・・)とにかく、アーティストとしてテイクオフすると、もう神の見えざる手が働いて、僕の役割は小さくなる。(こじ開けるような作業が終了するという意味で。)

とはいえ、マーケターとしてやらなければ行けないのは、売れ続ける仕組みを整えるということ。
そこでプロデューサーのIさんに「このタイミングだから、mihimaList(メール会員のようなゆるいミヒファンの集まり)」を“ファンクラブ”に昇格させることをしませんか?」と話をして、ファンクラブ担当部門の上長にも掛け合って、いろいろな話をした。まぁ、細かい話は抜きにして、この装置をうまく活用しながら、ファンを固定化し、拡大させ、固定化するという作業のくりかえしが、アーティストのビジネスを安定させるわけだ。そのとっかかりを専門スタッフと話終えて、僕はmihimaru GTのプロジェクトをゆっくりとフェイドアウトして行った。
最近、SNSが整備されて、ファンを喜ばせる仕組みもクラウド上のプラットフォームに移行したり、様々な実験が繰り返されている。たぶん、マーケティングの次の課題は、クラウド上にコミュニティをつくって、そこを拡大、深化させていく手法になるだろう。それを「コミュニティ・マーケティング」と呼ぶことにしよう。実はこの「コミュニティ・マーケティング」はミュージシャンやアーティストたちは昔からアナログで大事に形成してきた実績がある。特にファンクラブのノウハウは、今後コミュニティ・ビジネスが多層化してくるなかで貴重なものとなると思うし、そのノウハウを音楽ではない部分に転用して、クラウド上に多様なコミュニティができ、そこで小さく無数のお金が回る世界になっていくと思うのだ。
その時、音楽マーケティングの知恵は活かされるべきであるし、いい意味で音楽業界も周辺ビジネスへナレッジを移植していかなければならないんだろうな、と考えている。
最後に。
hiroちゃんとずっと前、話し込んだことがあって、その時、hiroちゃんは「わたしはアホやし、不器用だから音楽でしか人を感動させられない」というわかりやすい覚悟があったように思う。みっくんはやっぱりトラックセンスが抜けていて、これからも頑張ってプロデューサーとしても活躍してほしい。また沖縄料理を食べに行って、いろいろ話したい。それからスタッフのみなさん、お疲れさまでした。プロデューサーのIさん、この奇跡的なプロジェクトに入れていただき、ありがとうございました。

<2013年 3月20日Facebookの投稿より掲載>